おにがしま
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鬼ヶ島大洞窟
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鬼ヶ島の大洞窟に入ってみよう
鬼ヶ島大洞窟
鬼ヶ島大洞窟
女木島が「鬼ヶ島」とされる由縁は、香川県の桃太郎伝説にあります。香川県の桃太郎は、吉備津彦命(きびつひこのみこと)の弟「稚武彦命(わかたけひこのみこと)」がモデルで、吉備の国から讃岐の国に来た時、土地の住民が鬼(海賊)の出没で苦しんでいるのを知り、イヌ・サル・キジを率いて鬼を征伐しました。イヌは備前の犬島(岡山県)、サルは陶の猿王(綾南町)、キジは雉ヶ谷(鬼無町)に住む勇士だったと言われています。鬼が住んでいたのが女木島で、桃太郎が鬼を退治して鬼がいなくなったことから「鬼無」という地名になったと言われます。大正3年に橋本仙太郎氏が大洞窟を発見したことによって、桃太郎伝説と女木島が結びつき、以来、女木島は「鬼ヶ島」と呼ばれています。

港(おにの館)から大洞窟までは、船と接続してバスが運行しています。
営業時間 8:30〜17:00
入洞料 大人(高校生以上)500円、小人(小・中学生)250円、身障者250円、65歳以上450円
※団体割引(15人以上)1割引 大人450円、小人230円
※一般幼稚園児は無料 但し(団体15人以上)は100円/人
営業日 無休
問い合わせ 鬼ヶ島観光協会  TEL087-840-9055
高松港第一桟橋 めおん 女木島
鬼ヶ島大洞窟入口 お店 大洞窟行きバス案内
鬼ヶ島謎の大洞窟内部紹介・・・にマウスを当てると洞窟の中が覗けます
玄関口
大正3年、香川県鬼無町の郷土史家、橋本仙太郎先生によって発見され10数年後の、昭和6年に鬼ヶ島として公開されました。洞窟が造られたのは、紀元前100年頃と言われ古代中国の要塞型によく似ていると言われています。入口から中ほどまでを防禦の構えに造られ、中程から出口までを脱走の構えに造られております。入口から出口までの長さは延長約400m、面積は約4,000uです。
玄関口
玄関
左右二本の柱が支え柱になってお城の大手門に相当する様に造られ、第一の防禦の役目を果たしています。入口の天井は低く道は狭く造られ、第2の防禦の構えに造られています。
玄関
中の間
複雑な迷路のように造られています。
中の間
宝庫
奥の壁で一見行き止まりのように見えますが実は下へ2メートル、奥へ8平方メートル程の穴が掘られ、穴の前には幅60センチ、長さ2.5メートルの石の扉が造られています、その扉を前に起すとしまるように造られています。昔、鬼共が金、銀、財宝を隠していた所です。
宝庫
宝庫
鬼の力水
洞窟内で唯一の水源地です、発見当事はこの辺一帯に水が溜まっていましたが、危険な為昔の面影を少しだけ残して埋めています。この水は地下から湧き出た水ではなく、頂上に降った雨が天井の石の割れ目とか、木の根を伝ってひたたり落ちた水が溜まったものでいくら日照りが続いてもこの水だけ絶えることはありません。
鬼の力水
大黒柱
洞窟の中間にあたる所で周囲 約30メートルあります。昔、この辺で海賊が宴会とか会議していた大広間は約182uあります。
大黒柱
仏間
石仏はこの辺から発見されました。真中に仏様、両側から子供が取りすがるように細工されています。後の世の人達が鬼の犠牲になった人達の後世を弔う為に供養されたものと言われ土地の人達が毎年8月23日を命日として慰霊祭を行っています。霊験あらたかな仏様で願い事は必ずかなえて下さるそうです。どうぞお参り下さい。
仏間
仏間
鬼ヶ島大洞窟天満宮
菅原道真公は桃太郎鬼征伐の物語の作者とされており、これを永久に記念する為、鬼ヶ島天満宮の祭神として祭る。
鬼ヶ島大洞窟天満宮
鬼ヶ島大洞窟天満宮
監禁室
昔鬼共が婦女子を監禁していた部屋と言われています。
監禁室
亀の甲天井
岩の割れ目とノミの跡形が亀の甲羅に似ています。天井のノミの跡形をみると、この洞窟は山口県の秋芳洞の様に自然にできた洞窟ではなく凝灰岩の層をくりぬいて造られた人工の洞窟であることがわかります。
亀の甲天井
亀の甲天井
鬼大将の部屋
この部屋は鬼大将が住んでいた堅牢の大広間と呼ばれています。この部屋には右と左に二つの抜け道が造られています。
鬼大将
出口上方斜面(柱状節理)
柱状節理=今から5百万年前火山の噴火によって五角型とか、六角型の石が材木を積み重ねたようになって自然にできたもので日本全国でも十ケ所を数えるほどしかありません。高松市の天然記念物に指定
出口上方斜面(柱状節理)
出口上方斜面(柱状節理)
鬼子母神
鬼子母神
鬼子母神
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